大判例

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和歌山地方裁判所 昭和37年(わ)350号

被告人 美継こと安井みつぎ

大一二・一〇・二一生 無職

鳥井サヱ子

昭四・五・一九生 工員

主文

被告人鳥居サヱ子を懲役弐年六月に処する。ただし、この裁判が確定した日から四年間刑の執行を猶予し、その期間被告人鳥居サヱ子を保護観察に付する。

後出別紙六「証明のない公訴事実一覧表」に記載した各公訴事実について、被告人鳥居は無罪。

被告人安井は無罪。

第二三回公判において取り調べた証人谷所善胤、同垣平文雄、昭和三九年六月一一日取り調べた鑑定人篠田博之、昭和四〇年一月一三日取り調べた同鑑定人にそれぞれ支給した訴訟費用は、全額、被告人鳥居サヱ子の負担とする。

理由

一、認定した事実

第一(昭和三七年(わ)第三五〇号および同第三五六号各事件関係)

(一)  被告人鳥居サヱ子は、いずれも単独で、別紙二窃盗事実一覧表一記載のとおり、六回にわたり窃盗をし、

(二)  被告人鳥居サヱ子および同安井みつぎは、いずれも共謀の上、別紙三窃盗事実一覧表二記載のとおり、一四七回にわたり窃盗をし、

第二(昭和三八年(わ)第一一八号、同第三三九号、同第三四五号各事件関係)

被告人安井みつぎは、いずれも単独で、別紙四窃盗事実一覧表三記載のとおり、三回にわたり窃盗をし、

第三(昭和三九年(わ)第二二一号関係)

被告人安井みつぎは、いずれも寺田まさ(当五五歳)と共謀の上、別紙五窃盗事実一覧表四記載のとおり、一五回にわたり窃盗をしたものである。

二、証拠の標目(略)

三、被告人鳥居サヱ子の責任能力

被告人鳥居サヱ子の精神状態について、参考までに、ここに当裁判所の見解を記することにする。

鑑定人医師篠田博之の鑑定書および当裁判所の同鑑定人の尋問書二通(昭和三九年七月一日付および昭和四〇年一月一八日付)を総合すれば、「(一)被告人鳥居は、精神病者ではない。(二)被告人鳥居は、生来その性格に精神病質的偏倚を持ち、精神医学者シユナイダーのいう昂揚者、顕示者、気分軽動者の各類型に属する精神病質者であるが、その性格偏倚は、そのために社会適応生活が困難であるほど重篤なものではない。」ということである。

証拠によれば、被告人鳥居の窃盗非行は、小学生時代に始まつており、その後少年院収容のほか、前後四回受刑しているが、昭和二七年末頃第四回の刑を終えて出所し、現在の夫健次(当四三歳)と結婚してから本件に至るまでの約七年間は窃盗により検挙されたこともなく、人並の生活をして来ており、本件犯罪期間中も犯罪行為を除いた社会生活において特に異常と見るべき事跡はなく、また、本件の保釈(昭和三七年一一月)以後は窃盗をしたことはないばかりでなく、夫健次(土建業者)に従つて土建仕事をした後、最近(昭和三八年一一月以後)では和歌山市内の石鹸工場に包装工としてむしろ精勤し、健次の収入も増し、三児は中小学校に通学し、まず安定した家庭生活を営んでいる。

証拠により本件犯罪の原因を考察するのに、被告人鳥居は、昭和二七年末頃に和歌山刑務所を出所し、和歌山市内の更生保護施設にいる時健次と知り合い(健次も前科があり、その関係で同施設に出入していた。)、結婚し、アパートの一室に世帯を持ち、その後二児をもうけ、健次の連れ子とともに、健次は土建職として、被告人鳥居はアパートの管理手伝いや内職をしながら生活をしていたが、健次は酒好きで、当時の収入では十分でなく、経済的に苦しく、幼ない三児を抱えて手狭な住居で生活することは重苦しく、また、健次は酒を飲むと興奮する性格で、あれこれ生活上の圧迫が重なり、ついに昭和三四年末頃ないし昭和三五年始め頃から衣料品の万引窃盗を行なうようになり、殊に昭和三五年春頃に以前和歌山刑務所で知り合つた被告人安井みつぎが出所して来て、和歌山市内でたまたま再会してからは、相連れて、時に被告人安井から積極的に誘い、一層度を重ね、賍品を近隣の婦女に廉価で売り、あるいは自宅で使用し、生活の資としていたもので、発覚することが遅れたため、あるいは衣料品を近隣の婦女に売ることが被告人鳥居の自己顕示癖(いわゆる見栄)を満足させるものであつたため、ますます本件窃盗犯罪が長期多数回にわたるものとなつたものと認められる。そして、昭和三七年三月末頃、自己が窃盗をしているとの近隣の風評を耳にするようになつてからは、次第に窃盗を止め、被告人安井との関係も疎遠になつて行つたものと認められる。

被告人鳥居の生育歴、犯罪歴、本件犯罪の期間、回数、また公判廷における態度等から見れば、たしかに被告人鳥居の性格の異常性が窺われ、前記鑑定は相当と認められる。しかし、前記鑑定書、鑑定人尋問調書二通に、右に記したような被告人鳥居の生活態度、生活能力、本件犯罪の原因と認められる事情等を併せて考慮すれば、被告人鳥居の性格偏倚の程度は、重篤なものでなく、被告人鳥居は、本件犯罪当時、本件犯罪を抑制する精神能力、すなわち物事の理非善悪を識別する能力またはこの識別に従つて行動する能力が欠けていなかつたことはいうまでもなく、これらの能力が著しく減退していたものとは認められない。すなわち、被告人鳥居は、責任能力を有するものと判定する。

四、被告人鳥居サヱ子に対する法律の適用および処遇

法律によれば、被告人鳥居の判示第一(一)の各窃盗の所為はいずれも刑法第二三五条に、同(二)の各窃盗の所為はいずれも同条、第六〇条に該当するところ、これらの各罪は同法第四五条前段により併合罪の関係にあるから、同法第四七条本文、第一〇条第三項により犯情の最も重いと認める別紙三窃盗事実一覧表二番号84欄記載の窃盗罪の刑を加重し、その刑期範囲内において被告人鳥居を懲役弐年六月に処することにする。

そして、当裁判所は、被告人鳥居に対し刑の執行を猶予するのを相当と考えるので、取り調べた証拠を総合し、以下その理由を述べることにする。

被告人鳥居は、その生育家庭環境および生来の資質が不完全であつて、小学校時代から窃盗の非行が見られ、終戦直後の混乱期に大阪、神戸方面において窃盗非行を累行するようになり、少年院収容後、さらに昭和二一年四月神戸区裁判所において住居侵入、窃盗罪により懲役一年以上三年以下に、昭和二三年七月大阪高等裁判所において窃盗罪により懲役一年に、昭和二六年二月尼崎簡易裁判所において窃盗罪により懲役八月に、昭和二七年三月和歌山地方裁判所において窃盗、詐欺罪により懲役一年(減軽令により九月に減軽)に処せられ、それぞれ刑に服したが、昭和二七年末頃に和歌山刑務所を出て、和歌山市内の更生保護施設に身を寄せているうちに鳥居健次と知り合つて結婚し、市内のアパートの一室に健次の連れ子(先妻との間にできた女児)ととも、健次は土建職人として、被告人鳥居はそのアパートの管理手伝いや内職などをして生計を立て、二児をもうけ、本件に至るまでは窃盗等の犯罪の形跡もなく生活して来たところ、前述のような原因から本件窃盗を犯すに至つたものである。

本件窃盗は、前記認定のとおり、ほぼ昭和三四年一二月頃ないし昭和三五年一月頃から昭和三七年三月頃までの期間、和歌山市、海南市内の商店、百貨店(被害者別計四一店)において、合計一五三回(単独犯六件、被告人安井みつぎとの共犯一四七件)にわたり、届出時価合計三一九、五二〇円に達する衣料品、その他日用品等を窃取したものである。そして、被告人安井との共犯にかかる窃取物品も大半は、被告人鳥居が取得しており、また、本件窃取物品は、大部分は被害者に返還されているが、使用後のもので、被害額は弁償されていない(なお、本件捜査の過程は、昭和三七年九月に被告人安井、鳥居両名が別紙三窃盗犯罪事実一覧表二番号147欄記載の窃盗の嫌疑により逮捕、勾留、起訴され、その身柄拘束中余罪を自供し、被告人両名の各自宅および自供する賍品処分先から多数の賍品が押収され、その一つ一つについて被告人両名の供述を求め、かつ、被害者に確認させ、なおいわゆる被害づけのため被告人両名を市内に連行するうち、被害品は押収されていないが、あの店でも何時これこれの品物を盗んだとの被告人鳥居の自供があり、それらについても被害者に対し被害事実を確かめる等して、被害者の確認を求めることができた事実を立件し、追起訴するに至つたものである)。

そして、被告人鳥居は、本件犯罪後検挙されるまでは保険外交員をし、昭和三七年一一月保釈されるや、従来から居住する和歌山市土佐町二丁目二三番地大江アパートの一室に住み、夫健次は、日雇の手下を使つて土建業をし、最近では約五万円の収入を得、壮健であり、被告人鳥居自身は、しばらく健次に従つて土方をしていたが、昭和三八年一一月頃からは市内の石鹸製造工場に包装工として毎日通勤し、現在では仕事場で組長となつており、日給約五百円を得、長女(健次の連れ子)は中学二年生、長男は小学校五年生、次女は小学校三年生であり、家族間の愛情もあり、円満で、まずその程度なりに安定した生活を営んでいる。

近隣の評判は、もとより本件の全貌を知らない者の評判であるが、被告人鳥居から賍品(衣料品)を買つたところ、本件検挙により押収された婦女等の感情は一般に必ずしも良くないが、しかし、被告人鳥居の子供達の可憐な有様に同情し、また、被告人鳥居が一面平素明朗で世話好きな性格であることから、地区の小学校長、小学校育友会長、近隣の知人等が、寛大な処分を望む旨の嘆願書を差し出している。

なお、被告人鳥居は、前記保釈後、夫健次から促され、直ちに本件被害店舗を廻つて謝罪し、丸正百貨店社長はじめ主要な被害者を含む計一九店の店主から被告人を許し、寛大な処分を望む旨の検察官宛ての嘆願書を得ている。

被告人鳥居の当公判廷における態度を見るのに、同被告人は、当公廷で公訴事実の約三分の一について否認し、あるいは忘れたと述べており、その中には虚偽の点もあると推量され、それは、自分自身処罰を軽くしてほしいという気持のほかに、被告人安井よりも自己が重く処分されまいという気持などが混在して、そのような供述をするものと認められるのであるけれども、審理が一たび被告人鳥居の本件犯罪の原因と考えられる事情や、家族のことに及ぶや、あらわに自責後悔の念を表出し、夫や子供等と普通の生活を営んでいる現在、本件公判が深刻な打撃となつていて、本件犯罪に対し相当反省していることが認められる。

被告人の資質に対する診断を通じて見た再犯の虞れについて、前記鑑定人医師篠田博之は、被告人鳥居は、将来、たとい現在の生活環境が変わらなくても、更年期の生理的変調のような時期には窃盗犯罪に及ぶ虞れは存するけれども、現在の生活は経済的にも一応安定しており、特に被告人鳥居の現職業は同被告人に適したものと認められ、同被告人の精神状態にも特に起伏、動揺もなく安定しているものと認められるのであつて、今後著しい経済的破綻や、また大きな精神的打撃がないかぎり、再犯なく現状を持続するものと考えられ、そのためには第三者による適当な一般生活指導が行なわれることが望ましいと考えられる旨を述べている。

さて、刑法第二五条第一項により刑の執行を猶予するのが相当かどうかを考えるにあたつては、当該犯罪の具体的内容およびその社会的影響について十分な考慮を払わなければならないことはもとよりである。被告人鳥居の本件窃盗犯罪の期間、回数、被害額、またその動機、利得の状況等、さらに前科は、前記のとおりであり、軽視を許さず、また、その近隣社会に及ぼした影響も小さくないと認められるのであつて、これらの諸点を強調すれば、本件は、たやすく刑の執行を猶予すべきでない事件であるといわなければならないであろう。そして、もし被告人鳥居に現在依然として再犯の虞れが明らかに存するというのであれば、この際当然同被告人を刑務所に収容するのが相当であろう。

しかしながら、第一に、前述のとおり、被告人鳥居の家庭の生活状況は、夫健次の土建業も社会の需要も増えてまず安定したものとなつており、被告人自身は工員をし、継続した勤務が可能であり、勤労意欲もあり、ともに壮健で、経済的にも現在は格別の不足はなく、夫婦の間も親密で、三児もそれぞれ生長して中、小学校に通つており、そして、このような生活状態が近い将来著しく変化することは考えられない。被告人鳥居自身、また、夫健次も、本件検挙、公判によつて相当反省、自戒するところがあると認められる。また、被告人鳥居の身体的資質と再犯の虞れとの関係についての鑑定人の意見は前記のとおりである。さらに、後に述べるとおり、被告人安井みつぎは稀に見る特異な病的窃盗常習者であつて、被告人鳥居が本件のような多数回に及ぶ窃盗を犯したのは、被告人安井と接触したことが大きく原因していると認められるが、今後被告人安井と再び接触することはあり得ないと認められる。これらの諸点を総合して考慮すれば、本件当時またはそれ以前と事情が変化して来ていて、被告人鳥居の再犯の虞れは少ないと認められるのである。

第二に、前述のとおり被告人鳥居の生来の資質、生育環境、経歴は欠陥多いものであるところ、夫健次との結婚が同被告人の更生への転機をなし、安定に向いつつあつたところ、本件犯罪に至つたけれども、現在では、本件犯罪当時に比し、健次の収入も増し、同人も相当反省し、子供等もようやく手のかからないほどに生長し、被告人鳥居自身も恒常的収入のある職業に就いており、同被告人のこれまでの生活歴から見れば現在が最も安定した生活状態にあると認められるのであるが、この際同被告人を相当長期間刑務所に収容することにすれば、このように折角安定しつつあるその経済的、家庭的、社会的生活が一応終了することになり、夫や幼ない子供等の生活に大きな欠陥が生じ、子供等の健全な育成を阻害する原因となり、ひいて被告人鳥居の将来の社会適応生活への復帰を困難にし、その身体的資質と相まつて再犯の素地を作りかねないと認められる。すなわち、上述のような身体的資質、生活歴を負いつつも、ともかくも夫および三児とともにようやく安定した生活状態に到つており、三児の成長とともに将来の生活の明かるさが見え始めて来ている被告人鳥居に対しては、この際更生に主眼を置いた処遇を施することが、結局は社会の福祉に合致するのではないかと考えられるのである。

第三に、前述のような被告人鳥居の被害者への謝罪、近隣者の被告人鳥居およびその家庭への同情、被告人の反省の情況等は、もとより過大視すべき情状ではないが、今後の更生への素地の一面という意味において、右第一および第二の理由と相まつて考慮に値いするということができる。

このような考察を経て、被告人鳥居の本件犯情はまことに軽くはないけれども、その他の情状と比較、考察して、なお刑の執行猶予の余地あるものと考えた上、この際、被告人鳥居に対し、刑法第二五条第一項を適用してこの裁判のうち被告人鳥居の有罪部分が確定した日から四年間前記刑の執行を猶予するとともに、同条の二第一項前段を適用してその期間保護観察に付し、保護観察機関による補導援護と指導監督の下に社会にあらせてその更生をはかることにするのを相当と考えるものである。

五  被告人安井みつぎの責任能力

鑑定人医師篠田博之の被告人安井みつぎの精神状態に関する鑑定書および同鑑定人の当公廷(第三七回および第四〇回各公判)における供述によれば、その鑑定の要旨は、次のとおりである。

イ  被告人安井は、精神分裂病(破瓜型)に罹患している(その発病時期は、小学校高学年頃と推定する)。すなわち、被告人安井は、意識は清明で疎通性はあるが、感情の鈍麻、意志の発動性の減退が著明で、加えて集中困難、観念連合の障害に基づく知能面の二次的痴呆化(分裂病性痴呆)が見られ、なおその上時々幻覚(主として幻視、幻聴)および妄想(被害憑衣妄想等)を交え、しばしば作為体験を経験しており、これらの事実およびその遺伝歴に見られる濃厚な遺伝的素因は、精神分裂病に罹患しているとの判断をするのに十分な根拠を提供している。

ロ  しかも、被告人安井には、この精神分裂病の基盤の上に、窃盗行為自体において性的興奮を感じ、性欲の発散が窃盗行為自体によつて代償されるという特異な病的感覚のあることが認められる。いいかえれば、被告人安井には、夫その他の男性との正常な性行為には関心がなく、窃盗行為自体(特種の対象物の収集ではなく、物を盗むことそのもの)に性交時におけると同様の快感を覚え、これを追求する病的欲求がある。これは、一種の性的倒錯であり、被告人安井の生来の素質に基づくものであつて(その発現時期は、身体の成熟期後期頃と推定する。)、精神分裂病に基づくものではないが、精神分裂病による諸症状、特に感情の鈍麻によつて発達が促進されて来たものと認められる。

ハ  被告人安井の本件各窃盗行為は、その精神分裂病を基盤として、おおむね、幻覚(特に、窃盗の対象物を前に見た時、誰かが「取れ、取れ」と命ずる声が聞えるという幻聴。これを観点を変えていえば、誰かの命令で取るという妄想であり、誰かの命令で取らされているという作為体験である。)を伴ない、かつ、右のような病的な性的欲求の追求として行なわれたものと認められる。すなわち、本件窃盗は、昭和三五年六月頃以降多数回にわたるから、時に精神分裂病が寛解状態にあつたことも考えられ、従つてすべての窃盗行為について必ず右のような幻覚(従つて、妄想、作為体験)が伴なつていたと断言することはできず、また病的な性的欲求もすべての窃盗行為に必ず伴なつていたと断言することもできないけれども、かりにこのような幻覚や性的欲求を伴なわず、金銭的欲望が主たる動機であつたという場合があつたとしても、精神分裂病の諸症状、特に感情の鈍麻がその場合の窃盗行為を容易にし、促進したことは疑いない。これを要約すれば、被告人安井には、本件各窃盗当時、おおむね(この副詞は、本件窃盗の期間が長期にわたるから、全期間を通じて必ずということは断言することができないので用いる。)、事物の是非善悪を識別する能力は失われていたものと認められる。

次に、鑑定人医師宇野修司の被告人安井の精神状態に関する鑑定書および同鑑定人の当公廷(第三七回公判)における供述によれば、同鑑定人もまた、被告人安井が精神分裂病(破瓜型)に罹患していること(ただし、その発病時期は、思春期頃と推定している。)、および被告人安井には前記のような病的な性的欲求があることを認めた上、被告人安井の本件各窃盗行為当時における精神状態について篠田鑑定人とほぼ同様の診断を下しているが、宇野鑑定人は、特に、被告人安井の本件各窃盗は、一般的にいえば、幻聴に支配された強迫欲動であることを強調し、当時事物の是非善悪を識別する能力は存しなかつたと鑑定している。

以上のような両鑑定人の各鑑定書および当公廷における各供述から考察すれば、被告人安井は、窃盗行為を抑制すべき反対動機が作られる精神能力すなわち物事の是非善悪を識別する能力を欠いた状態において、前記認定の各窃盗行為に及んだものと認めるほかはない。すなわち、前記認定の窃盗行為は、昭和三五年六月頃以降昭和三九年六月一八日までの長期間、多数回にわたるものであるから、篠田鑑定人が述べているように、時に精神分裂病が寛解状態にあり、従つて、厳密にいえば、物事の是非善悪を識別する能力が欠如していたというまでには至らない場合があつたかも知れないけれども、各窃盗行為の一つ一つについて当時の精神状態を明らかにすることは不可能であり、従つて、右のように認めるほかはないのである。

そうとすれば、被告人安井の前記認定の各窃盗行為については、心神喪失者の行為であるから刑法第三九条第一項を適用し、犯罪の証明がないものとして、刑事訴訟法第三三六条により無罪を言い渡すべきである。

六  全部証明のない公訴事実

被告人鳥居サヱ子および安井みつぎ両名に対する昭和三七年一一月二七日付起訴状記載の公訴事実のうち、後出別紙六「証明のない公訴事実一覧表」に転記した各事実について考察する。

まず、各事実に添う証拠として、(一)賍品の押収、(二)各賍品についての被害者の確認、(三)被害届の提出、(四)司法警察員作成の被告人両名の各事実についての逐一的、全面的な自白調書、(五)捜査担当検察官作成の被告人両名の自白調書(もつとも、これは、警察で作成された犯罪事実一覧表を一般的に自認する供述を記載した簡単な調書に過ぎない。)、(六)被告人両名の第一回公判冒頭手続における自認(もつとも被告人鳥居は若干部分を争つている。)等がある。

これに対し、これらの事実について、被告人鳥居は、当公判廷では、おおむね、窃取したことを否認し、あるいは忘れたと述べ、その中で当該賍品を自己が所持し、あるいは他に譲渡している事実についても、「被告人安井から貰つた。被告人安井から他の品物を交換して得た。被告人安井から頼まれて売つた。」等と弁解し、また、一部、窃取の場所(被害者)について起訴状の記載とは異なつた供述をし、なお一部は自白しており、被告人安井は、当公廷で当初全面的に自認していたが、途中から一部を否認している。

当裁判所は、

(一)  相当長期間、多数回にわたる多数店舗からの同種類の代替性のある物品の万引窃盗で、しかも、相当期間を経た後に発覚し、かなり短期間に捜査がなされている本件においては、被告人両名の自白調書は、その内容の真実性について十分な検討を要し、しかも、審理の結果によれば、その自白調書中には、被害者の確認した被害時期と明らかに大きく相違する供述記載も散見するのに、捜査官においてその点の検討を尽くした形跡がないから、一層検討を要し、それ自体たやすく信用することができないこと、

(二)  被告人安井は、前記のように、精神分裂病者であつて、鑑定人篠田博之の昭和三九年七月一日付尋問調書から考えれば、被告人安井には記憶力はあり、一概に虚偽を供述するとはいえないが、自身の単独犯行についても、あるいは被告人鳥居の単独犯行についても、被告人鳥居と共謀していたというような妄想に従つて供述することもないとはいえないと認められるのであつて、被告人安井の供述(調書の供述記載を含む。)は、それだけでは、一般に真実性に乏しいと認められること、

(三)  これらの公訴事実のうち、被告人鳥居が当公廷で否認し、または忘れたと述べ、あるいは窃取の場所について起訴状の記載と異なつた供述をしているものについては、結局、被告人鳥居の当公廷における供述を虚偽であると排斥するに足りる証拠がないこと。いいかえれば、当該物品の窃取と被告人両名または一名との結びつきの点について証明が十分でないこと、

(四)  これらの公訴事実のうち被告人鳥居が当公判廷で自白している一部の事実については、(イ)被害届等の自白以外の証拠に現われた被害の時期、品物の特徴等が著しく相違していて、自白の真実性が乏しいと認められること、(ロ)または、本件は、各窃取事実ごとの併合罪であつて、全体としての、あるいは窃取場所ごとの包括一罪ではないと解するのを相当とし(起訴もまた、そのとおりである。)、従つて、被害届、被害者の供述調書、被告人鳥居の当公判廷における自白等から被告人両名が共謀の上で当該物品を当該店舗において窃取したことが認められても、さらにそのほかにその窃取が当該店舗における前記証明のある窃盗事実と別の機会になされたことの証明を要するが、この点についての証明が十分でないこと、

(五)  証拠上被告人安井が賍品を所持または処分しており、また、被害者が当該賍品、被害の時期等を確認していることが認められる事実についても、実は被告人鳥居が単独で窃取し、被告人安井が賍品を交換等の方法で入手したということもあり得ないではなく、このような点について被告人安井に正確な供述を求め難いこと、

等の理由から、別紙六の一覧表に掲記した各公訴事実は、いずれも事実の証明が十分でないと認める。そこで、これらの公訴事実については、被告人両名に対し、犯罪の証明がないものとして、刑事訴訟法第三三六条により無罪を言い渡すべきである。

七  公訴事実のうち一部証明のない部分

被告人鳥居サヱ子および安井みつぎ両名に対する昭和三七年一〇月六日付起訴状および同年一一月二七日付起訴状記載のうち後出別紙七「公訴事実のうち一部証明のない部分一覧表」に掲記した各物品は、証明があると認定した別紙二「窃盗事実一覧表二」に記載した当該事実(訴因番号の符合する事実)とともにそれぞれ一罪を成すものと起訴されたものであるが、被告人鳥居の当公廷における供述、あるいは被害者の供述調書、被害届、賍品買受人の供述調書等によれば、いずれも、右証明ある当該窃盗と同時に窃取したことについて十分な証明がないと認められる。また、被告人安井みつぎに対する昭和三九年七月九日付起訴状犯罪事実一覧表番号6欄記載の公訴事実のうちネグリジヱ一枚(時価六九〇円相当)は、証人寺田まさの当公廷における供述によれば、同公訴事実中の他の物件と同時に窃取したことの十分な証明がない。ただし、これら各物品の窃盗は、証明のある公訴事実の一部を成すものとして起訴されたものであるから、この部分については主文において無罪を言い渡さない。

八  訴訟費用

訴訟費用のうち第二三回公判において取り調べた証人谷所善胤、同垣平文雄、昭和三九年六月一一日取り調べた鑑定人篠田博之、昭和四〇年一月一三日取り調べた同鑑定人にそれぞれ支給した費用は、いずれも全額、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人鳥居サヱ子に負担させることにする。

なお、第二回公判において取り調べた証人柳瀬広治、第三回公判において取り調べた証人垣平文雄、同土屋垣内富[臣己]、同松田馨、同小西泰三にそれぞれ支給した費用は、いずれも主として前記全部証明がないと認める公訴事実に関するものであるから、これを被告人鳥居サヱ子に負担させるのは相当でなく、また、昭和三九年四月三〇日付で鑑定人篠田博之に支給した費用は、被告人鳥居サヱ子の資力を考慮し、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により同被告人に負担させないことにする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判官 大久保太郎)

別紙一(各窃盗事実一覧表記載の証拠の標目共通略称説明)

別紙二ないし五(窃盗事実一覧表一ないし四)別紙六(証明のない公訴事実一覧表)

別紙七(公訴事実のうち一部証明のない部分一覧表)――いずれも略

(参考)

医師篠田博之作成の鑑定書

一犯罪事実 二既応歴 三現症(いずれも略)

四、考按及び診断

さて此処に被告人安井美継なる女の今日に至る半生を一括してひるがえつてみるに、小学校の頃より既に非行少女としての萠芽を現わし、長ずるに従つて次第にその度を嵩め、青年後は専ら窃盗癖の為に社会と刑務所の間を往復し遂に実家よりは勘当せられ、種々の男や職業を転々と遍歴しながら今日に至つたものである。

昭和三十五年より美継は安井正夫と結婚しており、既に四才になる一女を儲け、さらに現在姙娠八ヶ月の身重である。鑑定留置中は意識清明で疏通性も良く問診に良く応えているのは前述の記録に見られる通りである。今此処にその精神状態を総括して論ずるに当りこれを知、情、意の三点より大別して述べてみる。

凡そ人間は知、情、意の三者が渾然一体となり活動する所に、生きた社会への適応を有する人格が形成される故に、この三者の崩壊機序を明らかにすることは自ら人格の病的構造を画き出すものと考えられる。

先ず知能面に於ける考察であるが、生下時は満期安産で、その後の発語、独主歩行開始に異常は見られなかつたようである。小学校及び高等小学校当時の成績は当時の学籍簿より探し出して上掲した通りである。これを見ると最初中位乃至やや上位であつた。成績がかなり急カーブを画いて下降している事は、直ぐに気付かれる所であるが、成績簿の備考欄に附された但し書きを見ても精神薄弱と見なさるべき徴は何処にも無いとある。鑑定留置中、念の為に行つた知能テスト(WISCに依る)の成績はIQ59で単にこの成績からのみ見るならば軽愚級の精薄とみなされる。しかし此処で考えねばならぬ事は精神薄弱と痴呆との区別である。一口に云うならば精薄とは精神機能が最初から発達を制止されている現象であり痴呆とは一応正常のレベル迄発達した者が退行する現象である。

知能テスト等でその成績を決定するものは基本的な知的能力もさることながらテストに取組む被検者のテストに対する関心の示し方注意の集中力感情の動揺等により甚しく左右されるのである。従つてある種の精神疾患で感情の鈍麻や無関心、観念連合の障碍が高度となる時には基本的知的能力に障碍は無くとも、その活用性を失い、社会への適応面からみると高度の痴呆状を示すことは屡々あり得る。

美継の場合もなる程IQは極めて低いが、これを若し精薄と見るならばおそらく幼児の頃よりその知能障碍に気付かれたであろう。しかるに美継は小学校の最初に於てむしろ中以上の成績を示し次第に低下した事は(しかしその間に器質的な脳疾患も無い)むしろ二次的な精神障碍に依る痴呆化とみなすべきであると考えられる。

次に感情面での変化であるが、彼女が幼日既に小学校に於て初りその半生に於て犯した窃盗の数は夥しいものでありその度毎に自も泣いて前非を悔いながら一向に改善の徴が見られない事は全く病的と云わざるを得ない。遂には実家を勘当せられて関西に流れこみ、女中や仲居等転々と浮草のような生活をしながら次から次へと無節操に行きずりの男に身を委しその間にあつて次々と万引を働く故に刑務所と社会とを往復しているありさまである。ある時には冷たくなつた男(宮村某)の情を呼び戻さんとして生後間もない乳児を貰いうけ、その男の実子であるといつわつて復縁を迫る等一応方法としては諒解しうるもその手段たるや一切世話もせずに乳児を放置せる為遂に死に致らしめた事は到底常人の思い及ぶ所では無い。又他の井上某なる男と出来た現在十二才になる子供に対しても高知の父母に預けっぱなしで一片の母親らしい配慮も示さず安井との間に出来た子供に対しても、その養育を面倒くさがり、泣いて喧いからとふとん針で尻をつきさしたり荷物の如く土間へ投出す等悪鬼の所行にも等しい。しかも何故に夫婦関係を続けるかと聞けば自分は夫等に別に愛情もないが勘当された身で行く所もなく子供さえ拵えておけばよう別れまいから……と平然としてうそぶく。事実現在の夫安井正夫も屡々離婚を考えたが美継は些細な事から興奮して怒り出すと前後を忘れて大暴れし、全く恥も外聞もない有様で手がつけられなくなる為ついつい日が延びて今日になつたと云う。今回の窃盗発覚後も、夫は世間態を恥じて美継に外出を禁じたが美継は世間態など平気で、ただ行動の自由を拘束せられた事だけに腹を立てている。鑑定留置の為入院後も本人は自分が精神病の疑を持たれている事や周囲の状況の変化等には平気で送日し既述の如く自殺企図のある他患の行動を見てその意図を了解しながらもこれを平然として眺めている。これらの事実は何れも一言にして云うならば感情の鈍麻(質的にも量的にも)無関心に起因するとみなされるべきものでありこれをおいては他に説明の言葉を発見することは出来ない。

更に知、情両面に亘る思考障碍として、特に注目せられるのは幻覚、妄想等の異常感覚、異常体験があると云う事実である。即ち美継は最初に服役していた頃から時々房内の壁に人の顔が見えそれが種々の表情を示しながら、さかんに自分に喋りかけてくると訴えている。現在に於ても入院中夜間枕下に白い馬が現われ、死んだ筈の叔父の声がきこえる等と云う。又時に自分に狐が憑いたような変な気分になつたり、神がのりうつつてぼうつとなるような事もあると云う。服役中も屡々他の女囚が自分の事を悪意に上司に告口したと立腹し暴行沙汰を働いているが多分に幻聴と被害妄想に起因しているとみられる節がある。

次に意志の面に於ける障碍であるが先ず注目されるのは、意志の発動性の減退である。夫、正夫が述べている如く結婚当初より美継は傍若無人気侭でありこれと云う原因が発見されないにもかかわらず気が向かぬと三日でも四日でも終日ふとんにもぐりこんで家事一切を放擲し省みようとしない。この事は前述の感情の鈍麻と相乗じてますますその傾向を助長せしめていたようである。

情、意両面の障碍があいまつてこれが慾動障碍となつて現われる時外見上週期的な感情の激しい動揺と万引も含めて種々の衝動行為、及び自閉的寡点にして無為徒然なる状態の交錯としてみられるようである。従つて数日も十数日も家庭で無為の日を送つていたかと思うと、ある日衝動的となり外出して次々と万引を働くのである。しかも本人も述べている如く本人の万引行為は多分に性慾発散の為の代償行為と見られる病的感覚が伴うているようで、万引を働いている瞬間には身体中がぼうつとする程決感に包まれ少しずつ小水が洩れると云う。美継は男性に対して少しも慾情を感じないと云い夫、正夫も妻は冷感症と違うのではないかと述べているが事実美継自身も盗みをする時の快感に優るものは無いと云いその為一旦盗まんとする物品に手をかけ出すと身体中がぞくぞくと慄えるようになり目前に看視員がいると判つていても半ば意識が混濁したようになり盗んでしまうまで動作を中止することが出来ないと云う。従つて彼女の盗みは結果的には金銭の取得を目的とすることはあつても第一の目的は上記の感覚を追求する為の生理的慾求が主体をなしていると考えられ、盗みに対して前以て計画も無ければ盗んだ品目に統一性無く時には何の為に盗んだか意味を無さぬ場合(例えば靴片一方等)もあり少くとも現在の夫との家庭生活では盗みによつて生活を得なければならぬ金銭的不自由さも認められないのである。盗む手段も拙劣で直ぐにみつかつている事が多い鳥居サヱ子との共犯に於てもただ一人で行つては心細いからと云うぐらいの意味で特記すべき共謀性も無ければ後で盗品を山分けするという協調性も無い。二人で行きながらそれぞれ単独で万引していることも屡々である。しかし此の際特に注目すべきと思われるのは盗みの最中に屡々「取れ取れ」と云う声がかかり誰かが品物に向い手を出すように命じているように感じたと述べている事実であり、おそらく幻聴と作為体験(させられ体験)があつたものと考へられるのである。鳥居サヱ子との共犯がばれて和歌山東警察署で盗品を目の前のテーブルに積んで二人並んで立つたまま刑事から取調べを受けた時その最中にサヱ子が「取れ取れ」と小声で私にけしかけ取りやすいように刑事の目をごまかしやすいような身振をしたと美継は述べているがサヱ子はこれを真向から否定している。客観的に考えても取調べの最中にそれらの品物を再び盗んでみた所で何の意味も無くサヱ子にしてもそんな事をすすめるとは考えられないので、これらも美継の幻聴と作為体験に基く現象の一つの裏付けともなる事実と考えられる。

一亘盗みを働くと気持がすつとして暫らくは家庭にじつとしていやがて又、たまらなくなりふらふらと外出し外出すれば自然盗みを働らく結果となつてしまうと云う。このような週期的な慾動の変化は刑務所内に於ても現われる為、万引行為に依つてそれが発散させられないとなると何の理由もなしに無性に腹が立つてたまらなくなり些細な事に端を発して爆発するようである。食事を便所に投げすてて空の食器にしたたか大小便をなし、それを見廻に来た看守目がけてぶつつけたり発作的に素裸になつて窓へかけ上つたり作業場で急に興奮し出して手当り次第什器の類を掴んで他の女囚になぐりかかつたり、取調べ中突然スカートを捲り上げて臀部を露出して見せたり、果てはモンペの紐で首吊り自殺を試みたり、一生懸命布団の中で舌を噛んでみたり、総て同様な立場から理解できるものと考えられる。同時に後から聞かれても大半記憶していない程、半ば錯乱状を呈した事も屡々で幻覚妄想が入り乱れていたと類推せられる所である。

以上論じ来つた所を総括すれば被告本人安井美継は現在意識清明で疏通性有り、問診にも良く答えるが感情の鈍麻、無関心、著明で加えて集中困難、観念連合の障碍に基く知能面の二次的痴呆化(分裂病性痴呆)が見られる、尚その上に時々幻覚(主として幻視、幻聴)及び妄想(被害憑衣妄想等)を交え屡々作為体験も経験している。上記の事実や及び遺伝歴に見られる濃厚な遺伝的素因は被告本人安井美継が現在精神分裂病に罹患せるものと判断するに充分な根拠を提供していると考へられる。その本人歴から見て発病は既に小学校の頃より初まり病勢に一進一退を示しながら遂に今日の分裂病性人格荒廃の状態に及んだものである。

しかも此の精神分裂病の基盤の上に性慾の発散が窃盗行為に依つて代償されると云う特異な病的感覚が美継をして頻回の万引行為に駆り立てたものと推察せられる。つまり精神分裂病の諸々の症状、就中世間に対して無恥厚顔ならしめる感情の鈍麻が、この病的慾求の追求により拍車をかけたものと考えられるのである。盗みそのものの行為の最中に幻覚や妄想の混入することもあれば、しないこともあつたけれども。

五、鑑定

被告本人安井美継は現在精神分裂病に罹患しており、その発病の時期は判然としないが、大約小学校の頃に始ると考えられる。その後病勢は一進一退しながら次第に今日の分裂病性人格荒廃の状態に及んでいる。しかも美継に於てはその性慾の発散が窃盗行為によつて代償せられると云う病的感覚あり、これが分裂病にもとずく感情鈍麻とあいまつて美継を頻回の窃盗行為に駆りたてたものと類推せられる。窃盗行為の最中に幻覚、妄想、作為体験等の合い伴うとみられる場合もあり、又合い伴もなわざる場合もあるが、何れもおおむね心神喪失の状態に於てなされたものと考えられる。

およそ分裂病は基本的には意識清明にして知的能力に変化がみとめられない為一応問診は可能なるも感情及び意志の障碍著明で真に事の理非、善悪を識別する能力は失はれている。

したがつて被告本人安井美継に於ても現在真に事の理非善悪を識別する能力は失はれているものと診断される。

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